「覆水盆に返らず」という故事成語があります。仕事もしないで読書ばかりしている夫に愛想を尽かして離縁した妻が、後にその元夫の立身出世を聞いて復縁を申し入れたところ、元夫は盆に入った水を床にこぼし、「こぼした水を元通りに戻せたら復縁しよう」と言って、復縁を断った、という中国の故事によるものです。
今あるものの大切さは、失ってみて初めてわかるもの。人生、ふたつ良いことはないのでしょう。何かを選ぶということは、何かを捨てるということ。捨てたものへの未練は断ち切るしかありません。
人生の先達に比べれば、まだそれほど長い人生を歩いてきたわけではありませんが、それでも人生の節目節目に選択や決断を迫られる場面がありました。人生という道のりの分岐点のようなものかもしれません。右の道に進むか、左の道に進むか、迷いに迷った末に、どちらかに進み、たとえ途中で失敗したと思っても、もとの分岐点に戻ってやり直すことはできません。山登りと違い、時計の針は元には戻りません。
ただ、次の分岐点で選択を迫られたとき、その失敗を活かすことはできるかもしれません。幾度となく分岐点を通り過ぎて、選択、決断を積み上げていく。後戻りのきかない選択、決断の積み重ねが「生きていく」ということなのでしょう。
歳を重ねれば重ねるほど、人生の可能性は狭まってきます。限られた可能性の中で、選べることも限られてきます。あれもこれもと欲張ってみても、なかなかうまくいかないものです。
たった一度きりの人生。その人の人生はその人のもの。自分のことは自分で決める。自分自身で選択、決断をしたのであれば、たとえうまくいかなかったとしても、それは自分の責任です。
その人なりに立って歩いていくとは、自分の人生に責任を負うということなのだと思います。他者に選択、決断を委ねれば、うまくいかなかったときに不満が生まれるだけです。