2021年4月12日
太陽と緑の会
代表理事 杉浦良

代表のつぶやき


 「福祉予算が手厚くなれば、幸せになれる・・」そんな言葉が呟かれた時代がありました。無い無い尽くしで、気力も体力も使い果たした時、その言葉が輝き光放つ時もあったことは確かです。
 もう45年も前、滋賀県の無認可作業所にボランティアで関わることがありました。「所長は子供もいるから給料5万円。職員3万円。メンバーは5千円とか1万円とか1万5千円とか・・」「・・それで生活できますか?」「所長のところは、奥さんが施設で働いて何とか・・。僕は1人で竹藪の中にある家を5千円で借り、野菜や米そして古着や時々焼酎も、保護者の方や支援者に差し入れしてもらっているから何とか・・」葉書や名刺の手刷り印刷、和紙染めの封筒、便せん、陶器の置物造りや造花など、肢体不自由、視覚障碍、知的障碍といった様々なハンディを持ったメンバーたちが家から通って(乳母車を改造した手押し車に乗せられて来る方もいました)作業をしていました。学生ボランティアを迎え入れ、大学祭で作品を販売するなど色々努力されていましたが、メンバー1人1人に対する公的助成がなく(普通の施設はこれで職員の給料が確保される)、作業収入で安定したお金を稼ぐこともままならず、運営に行き詰まって、社会福祉法人化して通所授産施設設立にその方位のハンドルを切りました。
 「・・社会福祉法人化で運営が楽になるのなら、そうしてください」「・・今まで所長さんや職員さんは本当に大変でしたから・・」設立準備委員会の席上で、保護者の方やメンバーから語られます。明るく前向きなトーンはいつしか消え去り、言葉が詰まりかけた頃・・「起て飢えたるものーよ、いまーぞ日は近しー、めざーめよ我がはらーから・・」少しお酒が入った所長さんが歌い出しました。既存の施設の在り方を批判してこられたこともあったのでしょうか、設立精神は残すとしても、自ら施設化することのやるせなさと、自分の力量の無さを悔いているような姿に見えました。
 「・・職員の給料は高くなったけど・・メンバーの給料は低くなって・・職員とメンバーのお金の差はひらいて・・。いっしょに働くって感じより、指導する感じに変わって・・しばらくして所長さんが亡くなり・・普通の施設になった・・」時は流れ、そんな風の噂を耳にしました。
 今は指導が支援に変わり、1人1人の個別支援計画を作って利用者をどう支援していくか、という形になりました。「1人に付き1年間で10センチほどの書類が必要なのよ・・。その書類をパソコンで作るのが仕事になって・・」そんな愚痴とも言える言葉も聞こえてきます。公的資金(税金)を投入する以上、当然正しく使われているかを検証する必要はあるでしょうが、沢山の書類を作れば、メンバーがその人なりの足で立つ力が養えるわけでもないでしょう。パソコンが当たり前になってますます書類は増え、減ることはありません。
 社会の中で活動を見える形で、職員もメンバーもお互いにやれることをやることで関わっていくことの必要性を、改めて思います。
 「ちょっと待って・・今忙しいから・・この書類を作らないと運営費が入ってこないから・・」とパソコンと格闘する職員とメンバーとの関係、そして無認可作業所を立ち上げ、納期が迫る手刷りの年賀状作りで夜なべ仕事をした所長に「・・き・き・のうは、あんまりね・ね・ねてない・から・・た・たいへん」と気遣うメンバーとの関係、そんなことをつらつら想い巡りながら、関係の変化を感じる「今」があります。
 昨年の今頃、新型コロナ対策・緊急事態宣言でリユース品の販売額が4割以上落ち込みました。運営費の8割以上をこの売上で捻出している太陽と緑の会にとって大きな試練となりました。幸い5月下旬には前年並みにもどり、持続化給付金申請には1割弱ほど届きませんでした。有難いことです。
 「二つ良いこと、さてないものよ」河合隼雄の言葉をひとり呟きながら、新型コロナ嵐が吹き荒れる今をどう乗り切っていくか?時代は移っても、試されていることに違いはありません。


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